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8/10(土)炊き出しブログ:夏祭り&慰霊祭2019



8/10(土)は、TENOHASIの夏祭りと慰霊祭を執り行いました。


皆様のお力添えのもと、無事に今年も終えることができました。

みなさまに、改めて感謝申し上げます。


当日の様子を、前回に引き続きYさんに執筆頂きました!

なんと、夏祭り後に、大塚モスクさんも見に行ってくださったとのこと。

来年の今頃、どうなっているのか。良い方向に向かいことを願うばかりですね。


後半に、夏祭り1日の流れを記載させて頂きますので、気になった方やお久しぶりの方も、次回是非ご参加いただけると幸いです。

また、当日の様子を動画制作のプロの竹内さんに、素敵なシーン満載の動画にして頂きました。(ボランティアでの作成!誠にありがとうございます!)

https://youtu.be/iwxfRuDL4Lg


当日の様子や、TENOHASIの活動の活動内容がわかる、ほっこり素敵な動画になっています。

みなさま、是非ご覧くださいませ!


◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇




前回の「調理班」での初参加に引き続き、今回、家族4人で「配食班」に初参加しました。


この日は、「TENOHASI 夏祭り・慰霊祭 2019」という大きなイベントの日です。

お昼にそーめん、慰霊祭を挟んで、かき氷とスイカ割り、衣類配布があって、夕食にカレーと、なかなか大変な一日です。

私たちは一部分だけの参加でしたが、猛暑の中、朝から晩までずっと参加された方もいました。


今回、初めて配食に参加して、まず最初に驚いたのは、列に並ぶ人の多さです。

聞くと150人を超えていて、それでも年々少しずつ減ってきているとのことです。

夏祭りという特別なイベントの日だったからか、かなりの賑わいに見えました。

でも考えてみればこのお祭りは、年々盛り上げていこう!というよりは、徐々に人が減っていく方が状況的には望ましいわけで、ひっそりと人もまばらなお祭りになっていくことが理想の最終形態なのでしょうか。ちょっと不思議なジレンマを抱えています。


でもボランティアはたくさんいて活気があった方がいいとも言えます。だから人の数が逆転してボランティアが多すぎて賑わうぐらいが一番いいのかもしれないと余計な事を考えながらそーめんにネギをのせていきました。(前半にたっぷりのせすぎ、後半はネギ少なめになって、最後は足りなくなってしまいました……)


今回もTENOHASI調理班の人たちは150名以上の方々のために16キロのそーめんを作り、40キロの米を炊くというものすごい作業量をこなしてきたわけですが、この日は他にもすごい人たちの存在を知りました。


マスジド大塚(大塚モスク)の方々です。


夕方の配食のために、大量のカレーを搬入していただいたのですが、このカレーのクオリティがすごい。

しっかりと味のしみ込んだやわらかいチキンがゴロゴロと入っていて、とてもおいしかったです。

これほど具だくさんのカレーをこんなにもたくさん作るとなると、調理もかなり大変な作業だったことは容易に想像できます。この日は東洋大学の学生さんたちもお手伝いで参加したと聞き、少しうれしくなりました。


炊き出しにモスクの方々が参加していることを今回初めて知ったのですが、このマスジド大塚の方々、調べるとかなり活発に活動をされています。

東北の震災後、100回以上も炊き出しを行ったり、西日本の豪雨の際もすぐに駆け付けてボランティア活動をされていることを知りました。

これだけお肉と野菜が入っていれば、材料費も相当かかるはずで、かなり大きな組織なのかと思ったのですが……。

ちょっと興味がわいて、二日後にマスジド大塚のモスクの前まで行ってみました。

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 (↑緑の丸屋根と、カラフルな旗が目印。大塚モスクさん)

一瞬、見落として通り過ぎてしまいそうな細長い建物ですが、ちゃんと緑色の丸屋根が付いているのでモスクだと分かります。

それにしても、こんなにこじんまりとしたモスクの方々が、あんなも活発なボランティア活動を行っていたことに、私は二重の意味で感動したのでした。


列に並んでいた方たちは、カレーをもらって最後尾の方へ戻ってくると、食べながらもう一度列に並び直して二杯目をもらいます。

それを見越してカレーも400食分以上作っているそうです。

なかなか行列はなくなりません。

子供たちも配食作業の流れの中で、必死に動いていました。

余計な事を考える暇もなく、ただ遅れをとらないように付いていくのがやっとのようです。

ようやく落ちついたころにはもう辺りは薄暗くなっていました。


「ゴミ箱係」として行列の最後尾あたりに私は立っていました。

「ありがとうございました」「ごちそうさま……」と静かにゴミを分別して、ひとり、またひとりと公園を立ち去っていきます。

何人かでつるんで帰るのではなく、ほとんどの人がひとりで帰っていきます。


これからどこへ行くのだろう……。

あたりはもうすっかり暗くなっていて、彼らの背中はすぐに見えなくなりました。

まだもあっと暑いこの日、お祭りの余韻に浸る間もなく、彼らは過酷な現実へと戻っていきます。

一方で、そんな彼らを支える人たちが、ワゴン車やトラックに次々と荷を積んでいきます。

これから戻ってまた片付け作業を行うのです。


私たちは挨拶をして、前回同様、疲れ果てて、暑さでぐったりとなりながら公園をあとにしました。


来年の夏は東京オリンピックが開かれます。

お祭りはどうなるんだろう。彼らは来年の今頃どうしているのだろう。

カレーは来年も食べられるのだろうか……。

ちょっとそんなことを考えながら、私たちは電車に乗って帰っていきました。(山下友弘)





◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇



「TENOHASI 夏祭り&慰霊祭2019」

■9:00~

調理班集合。作業工程を打ち合わせし、16キロのそうめんを茹でます!ベテラン勢の華麗な連係プレーが光ります。

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     (↑大きな窯で、そうめんを茹でます!普段は、お米を炊いています。)


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              (↑作業風景。各自分担して回します。)

■12:00~

お昼休憩。本日のまかないは、そうめん!七味・しょうがをたっぷりいれて。猛暑の中、働いた身体に冷たいそうめんが美味しい!染み渡りました。差し入れで頂いたアイスも格別でした!(私は3本頂いちゃいました~!)

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             (↑待ってました!つるつるで美味しい!)


■13:00~

東池袋公園にて、そうめんの配食スタート。うずらの卵をナルトが嬉しい。

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               (↑具だくさんで栄養満点!)

■14:00~

慰霊祭スタート。今年は6名の方にみんなでお祈りを捧げました。

讃美歌もみんなで合唱。どなたか、とんでもない美声の持ち主がいらっしゃいました。

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              (↑毎年、多くの方とお祈りしております。)

                
慰霊祭と同時進行で衣類配布も行いました。たくさんのサンダルの寄付を頂きました。日用品は石鹸が人気です。
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        (↑公園に直接持参頂き、寄付してくださる方もいらっしゃいます。ありがとうございます。)

■15:00~

スイカ割りスタート!今年は10玉ご用意頂きました。美味しいスイカをいつもありがとうございます。

ナベさん、見事に命中!


大塚モスクさんご提供のかき氷もあります!いつも誠にありがとうございます。こちらも長蛇の列。とても美味しかったです!

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          (↑いちご味にマンゴー味もありました!)



■18:00~

大塚モスクさんの本格カレー。具の鶏肉もホロホロで、とっても美味しい!

美味しいチャイも併せて。お子様方も、お手伝いに参加。いつも誠にありがとうございます。

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            (↑野菜の浅漬けを添えて。とても美味しいです!)

■19:30頃

片づけと公園の掃除をみんなでして、終わりのMTG。本日の配食数や並ばれた方の人数、ボランティアさんの人数をみんなで共有します。

最後は、事務局長、清野さんのお言葉で〆ます。

去年の夏祭りでは、途中でゲリラ豪雨に見舞われましたが、「待っている人がいる限り、必ず炊き出しを行う」と言ってたことを思い出しました。


■~21:30頃まで

調理場に戻って、後片付け。配食で使用した器材を洗います。最後の片づけが終わるまでが夏祭りです。




炎天下の中の長丁場。皆様、本当にお疲れ様でした。


皆様あってのTENOHASIです。

引き続き、宜しくお願い致します!


by tenohasi | 2019-08-20 10:05

TENOHASI夏祭りの動画をアップしました。

8月10日(土)の夏祭りは正解のうちに終わりました。
その様子を、映像作家の方が完全ボランティアで動画にまとめてyoutubeにアップしてくださいました。


その場の空気が伝わってくるようないい動画になっています。
ぜひ一度ご覧下さい。



TENOHASI事務局

by tenohasi | 2019-08-20 09:27

7/27(土)炊き出しボランティア日記

今回、初めて炊き出しのボランティア(調理班のみ)に参加しました。


高校生の息子がネットでこの活動を探してきて、土曜日だったので家族四人で参加することにしました。

言葉では知っていても、「炊き出し」の実態についてはほぼ何も知らない状態での参加でした。

窯で炊くお米の量は40キロ。野菜数十キロ。

これで150人分以上の食事を提供できるとのこと。

調理班のメンバーは20人ちょっと。

集合時間に集まった人たちは年齢も職業もばらばらで、毎回のように参加している人もいれば、私たちのように初参加の人もいました。

暑いから冷たいお茶はいつでも飲んでもらってかまわないし、休みたい時は好きに休んでもらっていいですよ、とゆるい感じで始まりましたが。。。


初参加の私たちは、「切る係」に配属されました。

まずは次々と台の上に載せられる大きなにんじんを切っていきます。

高校生の息子二人は家庭科の授業で包丁を持った程度で、家では食事の支度などしません。

ですがそんなことに関係なく、今は目の前のにんじんを掴んで切っていくしかありません。

ぎこちない手つきで、周りの人を真似ながらなんとか切っていきます。

親の私たちも同様です。周りの人を見ながら、黙々とひたすら切り続けました。

和気あいあいと話しながら作業をする人もいましたが、私たちは切るのが精いっぱいで、余裕のない表情で黙って切り続けました。なかなか暗い感じの家族です。


それにしても、ものすごい量の野菜でした。永遠に終わらないのではないかと思いました。

にんじん、玉ねぎ、キャベツ、白菜。基本的にどれも巨大で、玉ねぎはものすごく涙が出ました。子供たちはまったく耐性がないのか、やり方がまずいのか、猫背すぎるのか、周りの人たちの数倍の涙を流しながら切り続けていました。

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↑みんなで切った大量の野菜は、大きな寸胴3つで煮込まれ、野菜の旨味たっぷり栄養満点野菜スープになりました!


午前中働いただけで、昼食のそーめんをいただく頃にはもう疲れ果てていました。下の息子は座ったまま眠っていましたし、私もへとへとで体力もほとんど残っていませんでした。

ですが調理班の仕事をすべて終えた後、多くの人が配食の作業に移動するようでした。

自分よりも年配の方もまだまだ余裕があるようです。

そんな光景に驚くとともに、自分の体力のなさを嘆きました。


遠方から参加している人も多いみたいで、片づけを終えて帰宅する頃には夜もかなり遅くなったはずです。

窯の係の人たちは真夏の暑さの中、火の傍で大粒の汗をダラダラと流しながらも、爽快な顔で作業を続けていました。


丸一日を無給で提供し、これだけ大変な作業を何でもないような顔でこなしていく人たち。

何か強い思いに突き動かされない限り、そんなことは不可能なんじゃないかと思いました。

でもそこに深刻さや使命感といった重い印象はなく、どちらかと言えば自分が好きでやっている、楽しんでやっているというふうに私には見えました。

でもこれは配食にも参加していれば、また違った印象を持ったと思います。


野菜を切っている時に、芯をそぎ落とさないとうまく噛めない人もいるから、と教えてもらったとき、私ははっとしました。

目の前の野菜を切るのに精いっぱいで、この食事を食べる人の立場や状況を考える余裕もなかったからです。


炊き出しはこういう人たちに支えられているのだと知ることができただけでも、この日は大きな収穫となりました。

子供たちも包丁のスキルを上げただけでなく、彼らなりにいろいろと考えさせられたと思います。

配食にもまたいずれ機会があれば参加しようと思っていたのですが(やや先延ばし気味)、私が現場にシャツを忘れてきてしまったため、次回の配食に参加することが決まりました。

山下友弘


by tenohasi | 2019-08-03 22:54

8月10日TENOHASI夏祭りのボランティアについて

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みなさま
今年もTENOHASIでは8月10日(土)に夏祭りを開催します。

この1年間に池袋の路上でなくなった方を悼む「慰霊祭」を軸に、昼のそうめん・午後のかき氷・スイカ割り・夜はカレー、など盛りだくさん。

一日中てんてこ舞いで、ボランティアセミナーを実施することができないので
この日の調理ボランティアは、調理ボランティアを経験したことのある方だけ、募集します


昼食~夕食配布ボランティアは、初参加の方もOKです。


TENOHASI夏祭りボランティア募集要項

①調理ボランティア 9時~15時 経験者限定

②昼食~夕食配布ボランティア 12時45分 ~19時(途中の出入りOK・予約不要) 東池袋中央公園集合
 13時 そうめん配食
 14時 慰霊祭 
 15時 かき氷・すいかわり
 16時半 衣料配布
 18時 カレー配食 (大塚モスク提供のカレー)
 19時頃 終了


TENOHASI事務局
by tenohasi | 2019-07-31 20:40

7/13(土)炊き出しブログ

今日も池袋の公園でおじさんやスタッフの方々と楽しくお話しし、温かい夜ご飯を一緒にいただきました。

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   (↑普段食べないようなお米の量。食べやすくて全部おいしくいただきます)


炊き出しの時間は、普段なにかに追われるようにして頑張る生活を送っている私にとって、なんとなくリラックスできて心が明るくなる時間です。おじさんたちにとっても、私にとっても、温かいごはんを人と一緒に食べる体験は、意外と大きな心のよりどころになったりするのではないでしょうか。

「何でボランティアに来たの?」 大学生のボランティアといえばゼミ活動の一環で来る方が多い中、1人さみしく少し勇気をだして公園に来る私は、そうよく聞かれます。(私は看護を専攻している大学生です)

特に高い志があるわけではない私は、今日も「んー、参加して楽しかったので…暇つぶしです。」と答えました。ここで書いていいのか分かりませんが、実際、そんな感覚です。

そんな中、なんと今日は「暇つぶし」以上の幸せをゲットしました。片付ける場所に移動する時、生まれて初めてトラックに乗せてもらったのです! 長年の夢があっけなく叶ってしまいました。

今考えると、こんなふうにして、自分より2倍も3倍も年上のスタッフさんやおじさんたちに可愛がっていただけるのが楽しくて、てのはしのリピーターになりつつあるのかもしれません。

少し前までは、ボランティアをする人の気持ちが全然わかりませんでした。高校にもボランティア部がありましたが、当時は「え、なんでなんで? なんでやる人いるの?笑」くらいの浅はかなJKでした。

でもこうして公園に足を運ぶと、たいそうなことはしていないのに、このように皆さんとの楽しいひとときが過ごせます。ありきたりで恥ずかしいですが、何かを与えたときには必ず受け取るものがある、と看護学生をしていても最近実感します。(まだ何も与えられるものはありませんが。)てのはしは、小さなギブとテイクが張り巡らされて、おじさんたち・スタッフさん・ボランティアみんながゆるやかに支えられているコミュニティなのかもしれません。(もちろん、小さくないギブをしてらっしゃるスタッフさんもたくさんいらっしゃいます。)


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(↑今日は卒業以来会っていなかった高校同期とボランティアとして再会しました! 炊き出しは出会いの場(!?)でもあります。)


もう少し、ブログを書くにあたって、最初に私がてのはしに流れついたきっかけを考えてみました。

になって振り返ると、原点には私が昔から最も関心をよせていたことがありました。


それは、「ホームレスネス(homelessness)」。”home” がない、という状態のことです。「ただいま」と言える場所のないこと。安全で安心して眠れる場所のないこと。温かい食卓のないこと。腰をおちつけ肩の力を抜ける場所のないこと。安らぎを知らないこと。守り守られる人のいないこと。どうでもいい会話をする相手のいないこと。ここに居ていいのかなと不安になること。ここには居られないと苦しくなること。つまり、「居場所」がないということ。


こう考えると、意外と多くのみなさん自身の中にもチクッとする思い出があったりするのではないでしょうか。私もこうした経験があります。だからこそ、私はおじさんたちにちょっとした仲間意識を感じて、一緒に時を過ごすのかもしれません。


これからも、”home” への入り口である炊き出しで、みなさんと一緒に温かな体験を重ねながら少しずつおじさんたちの人生に触れられたら、と思っています。

さて、次回の炊き出しで、私はまた1つ楽しみにしていることがあります。それは、調理班として大きな鍋で野菜スープを作ることです。どうやら小学校の給食室にあったような大きな鍋があるようなので、ぐるぐるかき回してみたいです。野菜を切るのも修行だと思ってがんばります!

(木田塔子)


by tenohasi | 2019-07-21 15:01

6/22(土)炊き出しボランティア日記


私はどっぷり昭和の人間です。

日本の景気が良い時代に教育を受け、明日への心配など皆無な時代に社会人になり、タクシー券をバンバン切って、「疲れがタモレば、ユンケルだ!」と栄養ドリンクを飲んで仕事をしていました。
当時の栄養ドリンクは、疲労回復とか病中病後の栄養補給というよりも、深夜まで働いて朝まで飲んでガツンと目を覚ますためのカンフルのようなものでした。
ですから、この手の製品CMで「24時間働けますか♪」と歌われても、だれも不思議に思わなかった。
ブラックじゃ~ん。コンビニ・オーナーかよ。なんて、ほんと、だれひとり、思わなかったのです。そういう時代です。

この世の中に「貧困」があると気づいたのは、いつだったのでしょう。
バブルがはじけて、その余波が庶民の生活に沁み込んできた1990年代半ばかもしれません。
街、とくに人で賑わう繁華街の路地や駅構内の死角、河川敷の高架下、公園の植栽……そこで生活をする人々が、日常的な(?)すがたとして「存在」するようになりました。
でも、木や鉄でできた家に暮らす市井(しせい)の者は、もちろん私も含めて、調子に乗っていた時代の高揚感が忘れられず、いつかどうにかなるだろう、と、彼らの存在を無視、意識の外に排除しました。

大人は子どもに「近づいちゃいけない」と囁き、友人と連れ立って歩けば気づかないふりをして会話を続け、気づいてしまったら息を殺して通りすぎる。そういう処世術で、私たちは、じわじわ、じわじわと「差別」を育てていったのです。

TENOHASIの活動を知ったのは友人のSNS投稿からでした。池袋で月2回の炊き出し、週1回の夜回りをしていると知りました。ホームページから炊き出しのお手伝いを申し込みました。過去にすれ違った路上の人々に対して、なにもしてこなかった自分を免罪する気持ちが、なかったといえば嘘になります。

その日、具体的にどんな活動をしたのかは、他の方々も詳しく書いておられるので割愛します。
印象に残ったことは、一緒にお手伝いをしたOさんとSさんです。ふたりは路上から抜け出したひとです。路上から今のアパート暮らしに移るまでの経緯や自身の出身地のことを、あけすけに語るOさんに反してSさんはそうしたことはほとんど話しませんでした。

調理のあいまの休憩時間、ごく一般的な会話として世の中の景気が云々と話していたとき、Sさんがぽつりと「オリンピックが終わればみんなもとに戻りますよ」とつぶやきました。私はなぜかドキッとしました。なぜドキッとしたのか、最初はわかりませんでした。
「オリンピックに早く終わってほしいんですか?」と私が聞くと、別の方が「それは、オリンピックのせいで、ずいぶん排除されていますからね」と答えてくれました。

自分の心臓がドキドキした理由は、たぶんふたつ。
私は今もまだ排除する側の意識をもっているという不安、Sさんの心が今も路上にあるのではないかという懸念。
わかりにくいかもしれませんね。すみません。

炊き出しをする公園に行くと雨の中、早くも100人くらいの方々が行列をつくって待ってくださっていました。コーヒーを配ると3回も4回も列に並びなおして、おかわりをしてくださる方がおられました。砂糖の入ったあまいコーヒーを「最高」と飲んでくださいました。
表情がどんどん溶けていくようで、嬉しくなりました。

ムスリムの教会の方が持ち込んでくださった本格的なカレーと私たちが準備したあたたかいごはん、野菜の塩もみで、おなかを満たしていただきました。満ちたのかどうかわかりませんが。
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食後の一服をたのしむひと、パック詰めをしたごはんを手持ちの袋にしまい直すひと、健康相談や生活相談のテントをこわごわ覗くひと。
家のなかではないけれど、幸福な家庭の食後に漂う「ごちそうさま。さて、これからどうしようかね」といった、ゆるゆる、のんびりした空気が、公園のなかに漂っていました。

数時間前の調理場で、OさんとSさんが口をそろえて「路上には絶対に戻りたくない」とおっしゃっていたことを思い出しました。
そうして、今、自分の目の前にいる、この食後の余韻を味わっている人々が、このあと、また路上で眠るのだと気づき、泣きそうになりました。

私たちおとなは、かつて彼らを「浮浪者」と呼んで「区別」をしました。
ふつうに生活をしていれば路上暮らしなんてするはずないでしょ、自分で何かやったんでしょ、自己責任でしょ。そんな非難の心を込めて「区別」をしました。「浮浪者」と「区別」をすることで、差別をしている自分たちを正当化しようとしたのです。

でも、と思うのです。その区別の境界線は今も、路上と屋内でしょうか。
木や鉄の家に住んでいるのに、貧しい人・富める人の格差はどんどん広がり、一部の富める人の豪華な住まいやドレス、食事をInstagramで眺めて溜め息をつく、溜め息をついているだけだとみじめになるから自分の暮らしのなかのささやかな贅沢を高機能になったスマホで撮影加工してSNSに投稿する。めんどくさいことはなるべく考えないようにして、意見もしないようにして、とりあえず今は大丈夫っぽいから大丈夫と言い聞かせているその足もとに、なんだかヤバそうな空気がひたひた迫っているのを、感じているけど感じないふり、それとも感じることができなくなっている。

木や鉄の家に眠らない彼らを「浮浪者」=「浮浪する者」とカテゴライズした私たちは今、私たち自身の生活の足もとが崩れはじめ、ずぶずぶぬかるんできていることに、どの程度気づいているのでしょう。貧困も環境問題も政治も、次の世代に先送りし続けて、ああ良い人生だったと死ねるのでしょうか。
路上で眠る人々の総数はたしかに減ったのでしょう。でも、格差は、貧困は、家のなかで眠る人々の身の上ですでに起きているのではないでしょうか。
ふらふら、ふらふら、浮浪しているのは、路上に生きる彼らではなく、家のなかで眠る私たちのほうなのかもしれません。
(谷村紀久代)

by tenohasi | 2019-07-12 00:48

6/8(土) 炊き出しボランティア日記

私がTENOHASIに参加しようと思ったのは、困っている人を助けたいという思いからです。

私は学校を卒業したのはいいのですが、就職活動に失敗し、あまり友好関係も広いとは言えず、部屋で一人孤独感を感じていました。自分の将来がどうなるか不安になる中、同じように困っている人がいると思い、以前から興味のあったホームレス支援をしようと思い立ちました。

ネットで調べる中で、見つけたのがこのTENOHASIさんでした。『ほっと友の会』に参加してみたかったのですが、そのためにはまず炊き出しなどのボランティアに参加する必要があったので、思い切って岩手から東京に来ることに。

夜行バスを使って、はるばる東京へ。迷いながらも集合場所に何とか辿り着きました。

初めてという事で自己紹介をしたのですが、あまり緊張せずにスラスラと話せたと思います。

それから実際に調理に入りました。

それぞれ米とぎや野菜切り、運搬などの役割がありましたが、私が選んだのは『野菜切り』でした。

料理はほとんどした事がなく、ちゃんとできるのか心配だったのですが、教わりながら人参やキャベツを切っていくと、上手くついていくことができました。

料理の味見もさせて貰ったのですが、程よい濃さの味付けであり、味見している内に病みつきになるかもと思いました。こんなに美味しいものが食べられるなら、ホームレスの方々も元気が出るのではないかと思います。

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↑熱気あふれる調理場

実際に参加者の方と話をしていると、皆さんはいきなりの参加である私の話をしっかり聞いて下さり、とても良い人たちばかりでした。調理の説明の仕方も丁寧であり、スムーズに調理が進んでいったと思います。

私の趣味の話なども聞いて下さり、とても心地の良い時間を過ごすことができました。

その日は他に用事もあったので、調理の後は少しだけホームレスの方々に服を配ってから帰ったのですが、もしまた機会がありましたら、見回りや配給にも参加してみたいと思います。

私は以前から考えていたのですが、この支援ボランティアをきっかけに、改めてこのような方々を支援するような職に就きたいと思うようになりました。例えばNPO法人に転職したり、社会福祉士などの資格を取得する事を目標にしました。

具体的な期限はまだはっきりとは決まっておりませんが、30歳までにそのような人を支援する仕事に就けるように頑張っていきたいと思います。

改めて、思い切ってTENOHASIさんのボランティアに参加できて良かったと思います。

次に参加できるのはいつになるかは分かりませんが、また皆の助けになれればと思います。


(匿名希望)


by tenohasi | 2019-06-19 14:16

5/11(土)炊き出しボランティア日記

 私は昨年11月に65歳となり、長年勤めた会社を退職しました。勤め先のある新橋駅の近くでは度々「ホームレス」の人を見かけていました。時々災害関連のボランティアには出かけていましたが、真冬のガード下で過ごしている人達の前では何も出来ないでいました。退職後の初めての大晦日、TENOHASIの炊き出しボランティアに参加させていただき、それからは予定が合えば出かけています。この日は6回目となりました。

 

 当日の天気予報によると最高気温は28都内にある調理場に向かって最寄駅から歩く時、うっすらと汗がにじみました。11時にミーティング開始。この日の調理のメンバーは2名の初参加者を含め計16名。男女比はほぼ半々くらいでしょうか。連休明けは人数が多いという事で200人程を想定し、約31升、450食分以上のご飯を用意する事になりました。メニューは野菜たっぷりのスープをかけて食べる定番のぶっかけご飯。ちなみにまかないご飯はこれまた定番の焼きそば。釜場、切り方、米とぎ、洗い場に分かれて作業開始です。


 この日私は釜場の担当。6 個のガスコンロが稼働する作業場は蒸し風呂状態です。ベテランさんが所用で遅れるという事で、あれこれ迷いながらも先輩方が作ってくれたメモや小道具で準備をすすめました。技術とノウハウの継承は本当に大切ですね。まかない休憩時間、ミーティングを経て16時過ぎにはスープも完成。コンテナに詰めてトラックへ積み込み、ドライバーのメンバーは会場の東池袋中央公園へ搬送。私は地下鉄で東池袋に移動しました。


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↑室温30度!炊飯は記録をとって管理します。


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↑今年初のアイスコーヒー(公園で提供します!!)


 地下鉄東池袋駅から公園に行く通り道のサンシャインは大変な賑わい。翌日は母の日だったんですね。そしてこの日の東池袋中央公園ではなんとコスプレのイベントが開催されていました。公園は派手な衣装を着けた若者でいっぱい。みんなそれぞれの人生を生き楽しみを持っています。ボランティアに参加はしなくても、SNSに投稿するために忙しく写真撮影をしている傍で、炊き出し列に並んで待っている人が大勢いる事を知ってほしい。8時から始まる配食の前に服や靴、石鹸などの生活物資の配布を行うのですが、服は11回に1点ずつという事で皆さん服選びも真剣。途中ルールを守れない人と制止しようとするスタッフの間で小さなトラブルが発生。人が相手だけに難しい!ドイツの放送局のカメラークルーが取材に来ていました。アメリカやフランスでも取材をして11月には放送されるとの事。一体どんな風に伝えてくれるのでしょうか。ドイツもホームレス状態の人は少なくないが、日本と違いお金を渡す人が多いとか。この違いがどこから来るのかも気になります。

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↑ドイツの放送局から取材を受けました。


 今回炊き出しの列に並んだ人は約200名。女性は数名。年齢は私の見た目では30代から70代くらいまで。きちんと上着を着た人や、勤め帰り風にしか見えない若い方も。食事は持ち帰り用のふりかけご飯を含めて480食分が提供されました。公園では医療相談、鍼灸もあり、生活相談で来られた方のお一人はその場でボランティアのスタッフが同行し警備の面接に向かわれました。大学生のボランティアも多く配食の現場での人手は充分でした。その後トラブルもなく19時過ぎに終了。私は数人のメンバーと一緒にタクシーで調理場に戻り、洗い物と施設をお借りしている方への挨拶を済ませたのは20時過ぎでした。


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↑現状復帰のため公園の清掃。食べ残しやタバコの吸い殻が多いんです。


 炊き出しにに集まる人達は将来というより明日、今夜どうするかという不安を抱えている方々。私はこれまでは家を失ったり、生活に大きな不安を感じた事はなかったけれど、これはたまたま色々な人に支えられてきた結果。この先もいつか住む場所を失う事があるかもしれません。とても他人事とは思えません。

 TENOHASIは明日への不安を抱えた人達にとってなくてはならない大切な存在。しかしボランティアの活動は明るく楽しい場です。さすがに調理から最後の片付けまでフルだと疲れますが、体力に自信のない私でも活動出来ました。事務局長を始めベテランの皆さんのこれまでの積み重ねと楽しい雰囲気作りのおかげ。感謝しかありません。また来ます!

(担当JN


by tenohasi | 2019-05-22 19:17

4/13(土)炊き出しボランティア日記

 そろそろ桜の時季も過ぎようとしている今日の炊き出し調理メニューは、野菜たっぷりの汁です。

 

 役割分担の箇所は大きく4つあり、主にご飯を炊いたり、汁物をつくったりする釜場の作業と、野菜やお肉などを切る作業、米を(今日は)7釜分研ぐ作業、外で洗い物をする作業に、各々希望して分かれていきます。


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↑1釜8リットルのお米を研ぐのはかなりの力仕事です。

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↑牛乳パックを利用して鶏肉を切っていきます。


 今回の日誌は、釜場新米の目線から報告します。

 

 釜場を熟知したスタッフ両名が不在の中スタートした11時すぎ。お互いの不安を払拭するように、丁寧にひとつひとつの作業を確認し合いつつ責任も分かち合います。


 たとえば、ガスボンベからガスを出し、大きなコンロに種火を点火する時も、約4升のお米が入った炊飯釜にお水を入れる時も、みんなの眼差しは、ネズミ一匹見逃さないほどの真剣さです。こういう時に、お米の水量が測れるオリジナルの便利グッズがあることに安堵したり。


 給水時間をとった炊飯釜に点火し、15分おきに次の釜に火を入れます。合計3つある大きなコンロを順繰りに7回、7釜焚きあげるのですが、途中、公園で配るコーヒーを作りはじめたり、炊き上がったご飯をコンテナに入れるのを横目にしながら、昼休憩に入る頃には、すっかり釜場の時間配分についていけなくなっていました。体認するにはまだまだ時間がかかりそうです。


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↑今日もふっくら炊き上がりました!!



 そして午後作業、70リットルの寸胴に、少量の水を最初に入れるのみで、あとは野菜からの水分で次第になみなみとなる野菜スープは、見るたびになんだか圧巻で、いろいろな野菜が大量に入っていることに気付かされます。


 最後はいよいよ味付けです。

 前回、配食にも参加された釜場スタッフが、公園でご飯にかけた状態では、やや薄く感じたとのことで、釜場ではやや濃く感じるくらいがよいのだという話は、なるほどと感じ入りました。


 さらに、今日は使いかけの調味料から先に使用するとのことで、目の前で慣れたようすで調味料を入れるようすを、頭の中で自分が調味している姿に置きかえ妄想しつつ、次第に遠い目になりながら眺めていました。


 遠い目になったままでしたが、しっかりと味見をさせてもらい、お互いに味の感想を言い合っていると、こういうちょっとした意見交換の積み重ねも含め、公園で食される方々を思いながら調理をするテノハシの味へと、日々更新されていくのだろうなと、なんとなくそう感じられました。


 今日は、ボランティア20名ほどの参加者の中に、中学生の方々もおり、積極的に作業に参加されている姿、写真を撮るようすなどとても印象的でした。


かよ


by tenohasi | 2019-04-25 18:23

3/23(土)炊き出しボランティア日記

 「TENOHASI」 以前から名前は知っていたものの、ホームレスという言葉になんだか憂鬱さを感じて尻込みしていましたが、今年に入ってから友人に誘われて参加するようになり、今回で3回目となりました。

 

 前回まで、11時からの調理(洗いもの班)、東池袋中央公園での17時からの配食(ゴミ箱班)そして配食後調理場に戻っての洗い物、と参加させていただきましたが、今回経験したかったことは、50キロにも及ぶ炊飯と、大寸胴3つ(180リットル)もの野菜を煮炊きする事。私は3.11以後災害ボランティアも始めましたが、東北で炊き出しをしようとネットで一升炊きの炊飯器を買ったのはいいものの水加減が分からず、お米をダメにしていまった苦い思い出があります。そんな訳で前回から大量にご飯を炊き上げる技が気になってしょうが無かったのです。というわけで、当日はちょっと遅刻をしてしまい既にボランティアさんの役割分担が決まっていましたが、無理を言って炊飯組に入れてもらいました。


 今回の炊き出しメニューも、ご飯にたっぷりの野菜汁をかけるいつもの「ぶっかけ飯」。18リットルの炊飯と大量の野菜を煮込みつつ、ボランティアのまかないまでを仕切るのはこの道10年となるベテランのUさん。興味津々の私にUさんは、ガスの元栓の開け方から火の付け方、炊飯の水加減、炊飯時間等を丁寧に教えてくれながらも手際よく作業していきます。今回の炊飯もお米は8リットルを7釜。ググってみると1ℓ0.55升。ということは…18ℓ4.4升。7釜で30升。1合が150g2人前として一升20人前×30600人前。(計算あってます?)うーん。すごい量。。Uさんは正確な時間を図るために3つの炊飯釜に15分おきに火を入れていきます。そして待つ事20分。Uさんから「ほれ。」と渡された第1号の炊きたてのご飯をつまんでみるとしゃきっとツヤツヤな炊き上がり。しかも鍋の底にはお焦げ一つありません。うーん。すごい。流石です。

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↑1釜20分ほどで炊き上がります。


 一方釜場の隣の部屋では初参加の方からベテランの方まで15人ほどでこれまたとんでもない量のキャベツ、白菜、人参、玉ねぎ等の野菜を刻んでおり、それらが衣装ケースに入れられて次々と運ばれてきます。大量の野菜は、80ℓは入りそうな大きな寸胴で煮こみますが、お湯を入れて沸かすのは1つにつき30ℓだけ。そこに寸胴の上まで野菜を入れますが、まだまだ横には衣装ケースに野菜の山。

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↑今日の野菜は、人参・大根・玉ねぎ・キャベツ・白菜・シイタケ・エノキなど

 思わず「これ全部入るんですか?」と聞くと、Uさんは「大丈夫」と一言。ほんまかいなと思っていると次第に野菜が自分の水分でぐつぐつ言い出し、嘘のように鍋に吸い込まれていきます。これにはまたぴっくり。びっくりしっぱなしでウロウロしているだけの私でしたが、いつのまにかUさんは、今日のまかないメニューのうどんも作りあげていましたまかないはボランティアの方は2階でいただきますが、2階でみんなが食べている間もUさんは1階で鍋を見張りながら。私も見習いとして今回は釜場でいただきました。


 そうこうしているうちに、8リットルのお釜7つ分のご飯と3つの寸胴の野菜汁が出来上がりました。最後に味噌と醤油での味付け。若い女性スタッフらみんなで味見をしご飯と野菜汁は完成です。炊きあがったご飯と野菜汁は合計7個の大きなクーラーBOXに入れられ、トラックに載せられます。トラックの荷台の奥には、寄付された衣類がダンボールに詰められ山積みになっており、ベテランのAさんが荷物を降ろす順番を考えながら荷物の整理をしていました。

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↑公園では火が使えないので、保温して運びます。

 実は、今回から新たに決意したのが、このトラックのドライバーをすること。10年運転をされてきたOさんがお仕事の都合でなかなか来れなくなると聞き、それならばと志願させていただきました。今回は同じように運転を志願されて初参加のTさん、ベテランであるAさんと3人で向かう事になりました。Uさんや、調理を終えて帰宅される方、電車で公園に移動される方に挨拶をし、トラックの出発です。行きの運転はTさん。後ろに積まれたクーラーBOXが揺れないよう慎重に運転しています。道が分からないのでgooglemap君に頼りながら行こうとすると、Tさんは、この辺の地理に明るいとのこと。良かった頼もしい。


 ほどなく東池袋中央公園に到着。トラックが到着すると公園では待ち構えていたボランティアの皆さんがすぐに荷物をおろし、まずホームレスのおじさん達にコーヒーの提供をします。そして他の団体も含めて、スタッフは、歌を一緒に歌うチーム、鍼灸のテントチーム、そして生活相談、医療相談のテント、配食前に洋服を配るチーム、初参加の方にTENOHASIの活動を説明しながらの公園ツアーをするベテランスタッフ等、それぞれが動きだし、公園が次第に活気づいていくのが分かります。横ではすでに50人ほどのおじさん達が列を作って待っています。暖かくなってきたせいか、前回より多い。ボランティアさんの数も高校生や大学生など40人はいるでしょうか。たくさんの若いボランティアが参加しているのは頼もしく思えると同時に、列に並んでいるおじさん達を見ると私と同じ位や、私より若いような方も。1人のサラリーマンとして思わず明日は我が身と感じてしまいちょっとブルーになります。

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↑炊き出しの隣では、生活相談や医療相談なども行っています!!

 あたりが暗くなりガソリン発電機が灯りを灯す中、午後6時からは、いよいよ配食です。このころになるとおじさん達の列は200人はいるでしょうか。サンシャインのビルの光の下、東京でこのような列が出来ることは、ちょっと衝撃的な光景です。ボランティアは容器にご飯をよそう人、おじさん達にご飯を手渡す人、それに野菜汁をかけてあげる人、ゴミ箱を整理する人等に分かれます。おじさん達は順番にご飯の器を受け取り、野菜汁をご飯にかけられ、それを食べながらまた最後尾に並び直します。そして列で食べながらおかわりのために先頭を目指すのです。これには前回同様ちょっと泣きそうになりました。3回目のおかわりの列が終わり、残ったご飯でのふりかけ弁当を配り終えるとみんなで片付け。公園内もゴミを残さないように掃除し最後にボランティアが円陣を組んだところで、清野事務局長からの配食数の発表。今日は200人、475食、生活相談36人とのこと。すごい数です。

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↑本日は並ばれた方は200名。
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↑今日はみそ味の野菜汁でした!!

 配食組はここで解散。我々は残った衣類、クーラーBOX等をトラックに積み込み、調理場に戻ります。私達の他に洗い物のために4人程タクシーで移動。調理場のご厚意によりお湯が提供されます。炊事のお水や場所の提供もそうですが本当に有難いことです。居残り組みんなで7個のクーラーBOXを洗いおわると午後8時を過ぎていました。午前中から夜までフルに参加したのは2回目でしたが、全て通しでやるとやはり疲れます。でもそれなりに達成感はあります。


 TENOHASIは月に2回の炊き出しの他にも、毎週水曜日夜に池袋の夜回りも行なっているそうです。このような活動を10年も。本当に頭がさがります。清野事務局長は「炊き出しが目的ではなく、炊き出しはホームレスの方がそこから抜け出すための支援の入り口に過ぎない」とおっしゃっていました。なかなか事務局長やベテランスタッフの皆さんのようには出来ませんが、私も微力ながらこれからもTENOHASIに関わっていこうと思います。


TO


by tenohasi | 2019-04-10 14:59