NPO交流のつどいinとしま

昨日は、炊き出しを中座して豊島区のボラセン主催の「ボランティアグループ・NPO交流のつどいinとしま」にTENOHASIから4人が出席しました。
 豊島区にもNPOがたくさんあって、認定法人だけで150もあります。(TENOHASIは認定法人ではありません。法人化するメリットがないので・・)。この日は、19の団体と、個人が10人くらいで、合計50人くらいが参加しました。
 最初は、東京ボランティア・市民活動センター所長さんのお話。続いて交流会になり、4グループに分かれて1時間交流しました。TENOHASIのメンバーは3カ所に分かれ、持参した「物資をを置くスペースを探しています」というチラシと越冬報告、さらにこの日のために作った名刺をまきました。
 交流会自体は1時間しかなかったので、自己紹介と若干の質疑だけで終わりましたが、そのなかでいろいろな人と出会うことができて、なかなか有意義でした。南公園からすぐ近くの方もいらして、これから交流していきたいと思います。今後もこういう機会があったら参加したらいいと思います。交流会を終えて南公園に戻ってきたら配食は終わっていて、炊き出しを食いっぱぐれたことだけが心残りでした。昨日のはまた格別いい味出してたと評判ですよ、料理長。

by SE
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# by tenohasi | 2006-03-12 22:58

炊き出しご苦労様でした

昨日炊き出し、医療相談に参加された皆様、ご苦労様でした。

1月の第4土曜日から、5回連続して配食に、並ばれる方が250名を超え十分な量を、提供出来ているか、不安に思っています(作れる量は限界なんですけど・・・)。
人が増えることは良い事だとは思っていませんが、(他の地区の炊き出しに並ばれる方は減っているので、全体の人数は、減っているはずなんですが)、医療相談、お茶会と充実した内容を見ると人が増えるのは仕方がないかなぁと思えてしまいます。しかし、毎回遠方から来られる方が、多いのには、驚かされます。
そして、毎回新しくお手伝いしていただける方が増えている事には、感謝しています。

料理長
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# by tenohasi | 2006-03-12 16:19 | 料理長のぼやき

「生存権」を社会に問う

私達、路上で生活を営む者にとって、日本国憲法25条1項の「生存権」は、最低限度の「生活保障」というより、生物としての「生存保障」という、つまり命が保障される権利という意味合いの方が強い。しかしその「最低生存保障」ということでさえ守れていない現実が、最近私の身近なところで起きている。そのことに深い悲しみと怒りが胸の奥から込み上げてくる。路上で亡くなられた方の中には、直接最期に関わった人と親族の方以外には知られることもなく、マスコミからも日常的に起きていることとして、問題にもされず、報道の対象にはならない。だが「最低生存保障」さえ守ることが出来ていない社会の現実を冷静に考えてみれば、大変に恐い社会になりつつあるという認識を持つべきではないだろうか。「人間の命の保障」が出来ない。そういうことが日常的にある。それは日常的にあるから問題にならないのではなく、日常的に起きているから問題なのだと考える方がノーマルではないか。

 本来、人権とは国家が制定する法律よりも先にあり、国家はその人権を守るために存在する。その人権が踏みにじられている社会は、国家の危機ともいえる。それに気がつかない社会はアブノーマルだと私は思っている。
人権よりも、競争に勝つことを優先させた社会。人権よりも、街の美化・浄化・機能が大切にされる社会。そのような社会が、まともであるはずがない。これは社会の病理現象である。
 
 地域社会も寛容さを失い、ホームレスは単なるゴミ・異物として、人間の身体の免疫反応のように排除を始める。以前、若者たちが「社会のゴミを退治する」と言って、ホームレスを襲った事件があった。ゴミとは不要物であり、退治するとは社会に害を与えるものを殺して排除するという意味である。彼らにとっては正義の味方のつもりで「天誅」でも加えている気分なのであろう。この様な風潮は社会の病気であると断言しても、差し支えあるまい。

 この差別的/攻撃的な考えが、社会を代表するものだとまでは思わないが、かなりの人々がこの考え方に近いものを持っているのではないかと感じることが多々ある。このような考えに近い者が、救急医療従事者の中にも、ごく一部ではあるが存在している。一刻を争う状況の中で、ホームレスが患者としてそういう人に出会ってしまったら、それは死に直結する。不運では済まされない深刻なことである。
 
 国家が人権を守る能力を失ったとき、それは日本国民全体の人権が守られないことを意味する。私はこのような社会の風潮に、日本の未来に対しての恐怖や危機感を感じる。皆さんはこのことをどのように考えておられるのであろうか?ご意見を伺いたい。

(路上のコラムニストX)
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# by tenohasi | 2006-03-09 17:12

「いいです、大丈夫ですから」

 今日はおにぎり隊&夜回り。今夜も、たくさんの人が来てくれました。
 おにぎりを配り終えて、しばらく情報交換(雑談とも言う)をしたあと、いつも通り3方向に分かれて夜回りを開始しました。一番人数の多い池袋駅構内(駅ナカ)を回ると・・・
 先々週、ダニやシラミでお困りだった方。その次の炊き出しの時に新しい衣類をお渡しし、先週はおにぎり配りの時に元気にみんなを仕切ってくれていたのですが、今週は疲れ果てていました。「先週は元気だったじゃないですか「ありゃ空元気だよ。空元気でも出さなきゃやってられっか」。食物が喉を通らず、食べても吐いてしまう。どんどんやせてきた、自衛隊にいた頃は60キロあった体重が今は30キロ台・・。問わず語りで話してくださいました。病院に行きましょう、と提案しても「行く気はない」。そうおっしゃる背景には、きっと私の想像を絶する様々な思いがあるのでしょう。
 いろいろな方のところで話し込んだので、1時間近くたっても夜回り開始地点から50mも進めません。駅構内をくまなく回るために二手に分かれようとした矢先、「あの人が足にけがをしているから見てやってくれ」とある路上生活の方から言われました。見ると、地下鉄の電話コーナーの脇でうずくまっている人が。近寄ってみると、右足には膿のしみ出たタオルを巻いて、右足小指付近にはぱっくり傷口が開いていました。左足もかなりむくんでいます。看護師の卵Sさんの診立てでは、足のけがに加えて体に水がたまっており、水がたまるのは足のけがが原因ではなくく内科的な原因があると考えられるそうです。「病院に行きましょう」と言っても目を合わせてくれず「いいです。大丈夫ですから」の一点張り。せめて傷口の消毒を、と思いましたが、飲み薬しか持ち合わせがありません。それに、それは医療行為になるのでしてはいけないのだそうです(誤解があったら誰か訂正してください)。ご本人がいいとおっしゃる以上、それ以上は何もできません。3日後の炊き出しの時に医療相談があるからぜひ来てください、と話して立ち去ろうとしたときに、JRのガードマンから「ここは駄目ですよ。ほかにいって」と追い立てを食って、その方は痛む足を引きずりながら移動されていきました。
 おふたりとも、もし自分だったら、びっくりして即病院に駆け込むだろうと思う症状です。住所と仕事があり、家族がある人ならば即入院でしょう。それなのになぜ病院行きを拒否されるのか。路上生活であることで過去に病院で辛い目に合われたのか、鬱がひどくて病院という煩わしい場所に行く気力が出ないのか、それとも名前を聞かれるような場所に行きたくない事情があるのか、ご本人のキャラクターによるものか、私にはわかりません。
 でも、とにかく、ひとたび路上生活に入ると、それまで普通に利用できていた行政・医療サービスが経済的にも心理的にもとてつもなくハードルが高いものになってしまうということが私にもわかってきました。
 どうしてか?たとえば鬱病で働けない人はたくさんいます。住所があって保険証があり、支えてくれる人が居れば、休職して通院または入院し傷病手当金を受けて回復を期すことができます。でも、同じ症状の人がひとたびそれらを失って路上に出てたら、その瞬間にその人は社会の「邪魔者」とされ、当たり前の人権が保障されない別の身分にされてしまうのです。江戸時代に、人別帳から外れた人が「無宿者」に落とされて差別されたように。ついこの前まで働いていて税金も社会保険も払っていた人でも、「税金を食いつぶす厄介者」とみなされて、ろくな治療も受けられずに、冷たい言葉を投げつけられて放り出されるという例があとを絶ちません。
 そのような社会の眼が、路上生活当事者に大きな心理的圧迫を加えて、「ホームレス」になった自分を恥じたり病院で屈辱的な扱いを受けることとを拒否する心理から、病院に行くことを拒み、悪化させて取り返しのつかない状態にしてしまう悪循環を生み出しているように感じます。
 不安定でストレスフルなこの社会では、誰でも失業・家庭崩壊・鬱病などの可能性があります。もしそこにはまって、路上に放り出されれば、待っているのはこんな世界。これが私たちの社会。

 by せ
 
 
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# by tenohasi | 2006-03-08 23:38 | 日々の活動

本月の定例会

こんにちは皆様。会計とは名ばかりのほーりーです。(自虐笑) 昨日は定例会議がありました。11項目にわたることが議論されました。いろいろ話された中でブログもみんなで変わりばんこに書いて行こうということになり、切りこみ隊長です。^-^

 さて、さて、昨日はこの地域に住んで数十年という超地元民の方にも呑み会までいらしていただき親睦を深めるなど、地域との密着を着々と進める一方、退職される方の問題など話し合われました。

 まずは、Aさんの葬儀に参列の件について説明がありました。皆様からの暖かい援助により交通費・お香典が集まりそうな気配です。ありがとうございます!
 会員制度についても話し合いがありました。これでおおよそは結論が出たものだと僕は思いました。が、総会で採決をとりたいと思います。
 また、前回の炊き出しの後にゲストがきてくださり、飲みながら貴重なお話を聞かせてくださいました。みんなに大好評ということで、定期的の学習会やったらいいのでは?など、様々な提案が話し合われました。緊急の件から総会にまで関わることなど多岐にわたりましたが無事終わり最後は通称じぃ(おっとーとも呼ばれる)のファンがいるという飲み屋でパーとやりました♪お世話になりました<(__)>
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# by tenohasi | 2006-03-06 12:48 | 日々の活動

何が起こっているの??

先日の話です。TENOHASIの活動日ではないのですがたまたまいつもの公園に立寄ったところたくさんの方にあの人どうにかしてほしいという話があり、どんな様子か伺うと、その方(Aさん50代男性)は、南公園の片隅に座り込み、体を震わせていらっしゃいました。薄いジャージと下にシャツ一枚着ている程度で、全身冷え切っている様子でした。手足はむくみ、パンパンで、氷のように冷たかったです。

何を聞いてもご本人がほとんど頷く程度の返事をされるため、状況がよくわからなかったのですが、公園の住人の方のお話によると、この方は3日くらいここに座り込んだままで、雨が降ってもそのまま座ったままだった、ということでした。誰かがその日配っていたおにぎりを差し上げたようですが、少しだけ食べたようでした。

話ができなかったのは、ずっと食べていない、休息がとれていない、身体が冷え切っている、という衰弱しきった状況からだったのでしょうか。

ちょっとずつお答えいただいた範囲でわかったことは、お名前と年齢、そして状態として、動けないということ、頭が痛いということ、気持ちが悪い、ということ、2週間何も食べていなかったということ、でした。
救急車を呼んだほうがいいですか、と伺ったら、頷かれたため、救急車を呼びました。


ぶるぶると全身震わせ、表情もこわばり、どんな質問もうなずいたり、ときどき少しの単語を口にされるだけで的を得ず、救急隊も苦戦していましたが、I病院に運ばれることとなりました。

救急隊の方の何人かは、質問に答えられないことにため息をついたりどうして返事しないのー?と笑ったりしながら「状況がわからないのに救急車を呼ばれても困る」と言ったり、「ただおなかがすいているだけではないか。 それくらいで救急車を呼ばれても困る」と言ったりしていました。「2週間食べていない」という話には「そんなことあるはずがない。」とあざ笑って否定していました。


病院に着いたら、体温を測ろうとしましたが、体が冷たく、体温を測ることができませんでした。
今回は診察室には入れてもらえなかったので、どんな対応をされたのかわからなかったのですが、状況がよくわからないから、と「頭が痛いと言っているらしいので」「とりあえず」痛み止めと胃薬を出されて、帰されてしまいました。
耳から採血をしていました。(これも大いなる疑問点のようです)
救急隊の方に後はよろしく、と言われてしまい、全身震わせていて、まともに歩けないAさんの肩を支えてとりあえず病院を後にしましたが、もうすっかりあたりは暗くなっていて、気温も下がってしまっていましたし、土曜日の晩でしたので、区役所があくまでにまだ2日ありましたので、どうしたらよいのかわからず、途方にくれてしまい、悔しさと戸惑いから涙が止まらなくなってしましました。
見ると、Aさんの目からも涙が流れていました。
泣いている場合ではないな、とわれに返り、とりあえず暖をとろうと思い、ゆっくりいることができそうな喫茶店に向かいました。
その途中であったかい缶ジュースを飲んでいただき、喫茶店に入り、暖かい紅茶とサンドイッチをAさんに食べていただいたり、氷のように冷たくなった手をマッサージしたりしていました。手はだいぶぬるくなりました。
そうして暖まってもらっているうちに、TENOHASIスタッフや他団体の方に電話させていただき相談させていただきました。
IMAシェルターを利用させてもらい、月曜日に福祉を通して病院の外来にかかることが一番よいかなと思っていたのですが、IMAに連絡がとれませんでした。
いまさん(仲間の支援者)が駆けつけてくださって、ご本人とも相談した結果、近くのカプセルホテルにとまっていただいくことがいい、ということになりました。
宿泊費は、IMA緊急シェルターの「IMA基金」を使わせていただこうと思いました(こちらは事後報告でよいという了承をいただいています。)
そしてこのとき、suiさんが喫茶店まであたたかい服を届けてくれました。

いまさんと二人でAさんのお体を支えながら近くのカプセルホテルまで向かいましたが、近くまで来たときにはAさんの体の震えは強くなり、呼吸も荒くなり、涙をぽろぽろ流されて足取りもよりふらふらしてしまっていたため、やっぱり救急車をまた呼んだほうがいいね、ということになりました。

こちらの救急車にはいまさんが付き添ってくださり、わたしは帰らせていただいたのですが、聞いた限りでは、親切に対応してくださったようです。

体温が低いことを救急隊の方も、受け入れ先となったY病院のお医者さん、看護師さんも「危ない状態だった」と言っていたそうです。
あれだけ暖まってもらったのにY病院に着いた時点で体温が32℃しかなかったそうです。入院となり、暖まって落ち着いたら検査をしましょう、ということになりました。


驚いたのは、お体を支えて歩いていたとき、Aさんの肩やわきの下、胸などに触れたときに、薄いジャージの下の肌の体温がひんやり冷たいのがわかったことです。どんなに気温が低く、指先が氷のように冷たくなっても、肩や胸の辺
りまで冷たくなってしまうことは初めてで、その冷たさを感じたときになんとなくぞっとしました。

悔しいともつらいとも口にすることができずにぽろぽろと涙をこぼしていたAさんのお気持ちは計り知れない、と思いました。
あんなに薄着で、小さい手提げしか持っていないAさんはいったいどんな背景の方だったのでしょうか。。


そして、入院して、約1週間・・ひたすら眠り続けていたAさんは、お亡くなりになりました。
無念でなりません。こころから、ご冥福をお祈りします。



病院には病院の事情があり、救急隊には救急隊の事情はあるでしょう。
事実、病院から帰されてしまう衰弱した「ホームレス」状態の方に対し何もできないというこころの葛藤を救急隊の方に打ち明けられたこともあります。

Aさんの死を静かに見守りたい気持ちが山々なのですが、あえてこんな書き込みをしたのは、誰かを糾弾することが目的なのではなく、どうしたら、こんなことが起こらずにすむのか、問題提起をしたいと思ったからです。

どうか、今後このようなことが起こらないことを強く望みます。

(az)
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# by tenohasi | 2006-02-28 13:44 | 日々の活動

炊き出しにまたまた300人

今日は炊き出し。
まず初めに、高田馬場の新宿連絡会の事務所まで車で米と調理器具を取りに行きます。9時に着く約束でしたが、今日は渋滞で15分遅刻。
 公園に行くと、もういつものメンバーが準備を始めていました。今日は新人のKさんが初参加。みんなで道具を洗い、米をとぎます。
 2時20分からミーティング。Kさんのほかにお茶会にも初参加メンバーが。自己紹介をして、お茶会が始まりました。この日はスタッフが15人くらい、参加者がやはり15人くらいと大盛況で、座る場所が足りませんでした。
 そのころ、炊き出しにも最近参加してくれたメンバーが続々合流。
 医療班も活動を初め、たくさんの人が相談に来ました。風邪の人・ダニに苦しんでいる人(この前の夜回りでお会いして、今日あうことを約束した人です)等には薬や服をお渡しし、必要な人にはドクターが病院への紹介状を書いて、福祉につなげます。やりたい仕事に就けなくて悩んでいる人には福祉行動のスタッフが相談に乗りました。
 炊き出しは今日も300人を超えました。全都的に路上生活をしている人は減っているはずなのに、どうしてこんなに集まるのか?とても喜んではいられません。

 片付け・ミーティングのあと「パレスチナで3年助産婦をしていたHさんに話を聞く会」を近所の居酒屋で開きました。パレスチナの人々の絶望は、ゲットーに閉じこめられたユダヤ人に匹敵すると言うことが実感的にわかりました。こういう会をまたやりたいと思います。

 来週の日曜日は、6時から西池袋第2区民集会室 (豊島区西池袋3-8-20)で3月の定例ミーティングを行います。
TENOHASIに関心を持つ方ならばどなたでも参加できます。今回は代表が旅行で不在なので、みんなでたのしく悪口を言ってストレスを解消しようと思います(と料理長がいっていました)。終了後には飲み会も企画していますので、まじめな会議だけじゃちょっと・・・と言う方もふるってご参加下さい。参加できる方はメールをお願いします。もちろんアポなし参加もOK。

by s
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# by tenohasi | 2006-02-25 23:34 | 日々の活動

夜回り

夜回り。
今夜も先週に続いてたくさんのスタッフが集まりました。ありがとうございます。
駅ナカでは・・・
 みんなでチューハイを傾けている人たち。
 シラミに苦しんでいる路上生活のベテランは、虫を見せてくれた。びっくりするほど大きい。
 昨日、カレーうどんを食べてからずっとおなかが痛い人。心配だけれども、救急車は呼ばなくていい、とのことなので、気休め程度の薬をお渡ししました。やっぱり心配です。
 賃金不払いが解決したけれど、力仕事はやりたくない。食品加工の仕事をしたいけれど、耳が悪くて雇ってくれない・・・と嘆く若い人。
 いつも同じところにいらっしゃる女の人。おにぎりをお渡しすると、ちょっとだけ微笑んでくれます。
 この日も12時近くまでかかりました。毎回12時はちょっと大変なので、出発を早くしましょう。

それにしても、一人一人個性も事情もかかている問題も違います。
金も力もわずかしかない私たちにできることはわずかです。
いったい私たちは何をしたらいいのか、? 何をすべきでないのか?

by s
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# by tenohasi | 2006-02-22 23:14 | 日々の活動

夜回り隊のパワーアップ

遅くなりましたが、先週15日の夜回りの報告を・・・

 仕事が伸びて池袋駅みずほ銀行ATMに着いたのが9時45分ごろ。もうおにぎり配りは終わっているはずなのに、なぜかまだ黒山の人だかり・・・と思ったら、おにぎり&夜回りの参加者でした。
 1月に再開した夜回りは、レギュラーメンバーと言うべき人が8人くらいいます。といっても全員が揃うことは余りありません。そのとき集まったメンバーが駅ナカ・東口・西口の3班に分かれて夜回りをしています。出会った一人一人に声をかけて、ホカロンや残ったおにぎりを配り、薬を配り・・・かぜ薬のいいのがないのが悩みですが・・・特に支援が必要な人(前回の日系ブラジル人の人など)には何ができるかを考え、お話しします。いままでは、だいたい、東と西に二人、駅ナカに3人という構成なのですが、この日は初めて参加された人も含めて、女性3人・男性10人(たしか)という大人数。駅ナカは、何と6人で回ることになりました。
 そしてこの日は、久しぶりにたくさんの人とじっくりお話をしました。若い人・初めてあった人・いつも同じところにいる女の人・みんなの面倒を見ているちょっと強面の人,ずっと探していた人、etc・・・前回お会いした日系ブラジル人の方は、在日ブラジル人のネットワークと連絡が付いたのか「帰ることにした」と言っていたそうです。あえなかったのが残念ですが、路上を脱するめどがついたならば万々歳です。
 いろいろな方をおしゃべりをして、夜10時に始まった夜回り駅ナカ班の活動が終わったのは12時近く。時間はかかったけれど、充実した夜回りになりました。
 まだ夜回りデビュー前の皆さん、ぜひ水曜の夜は池袋駅東口みずほ銀行ATM前に来てください。

せーの
 
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# by tenohasi | 2006-02-21 00:41 | 日々の活動

病院の医師の対応について

今日は福祉行動の日でした。 
土曜日の健康相談会に60歳代のAさんは、全身の関節のこわばりとはれ、そして胃が痛いこと、吐き気がすることがつらいと相談にいらっしゃいました。医師のS先生に要治療・要精査という紹介状を書いていただいて、休み明けの福祉窓口に一緒に相談に行くお約束をしていました。

豊島区の福祉事務所で医療券を発行してもらい、近くのN病院に行くことになりました。豊島区で保護を受けると大体この病院へ行くこととなります。実はこの病院に行くことには少々戸惑いがありました。というのも、そこの医師の、「ホームレス」となってしまった方への対応で、患者さんが傷ついたことがわたしたちが付き添ったときだけでも2度あったからです。
今まで、診察もせずに患者さんがそのまま帰されたり、病態が重くても診察や検査をしない、患者さんが傷つく言葉をいわれた、ということがありました。

今回もこの医師にあたることは分かっていましたので、不安を抱えつつも、関節の腫れが素人目にもひどいこと、歩くのにも難しい状態だということ、その病院で胃潰瘍の既往歴があり、入院もしたことがあるということで、さすがに対応を考えてくださるだろうという、不安まじりのかすかな期待を持ちながら、Aさんと付き添いボランティア2名で病院へ行きました。
 
 そして診察の順番が回ってきました。Aさんは、よろよろ歩き、耳も遠く、コミュニケーションが得意ではなかったので診察室にお体を支えながら、付き添い症状を説明しました。

「1ヶ月前から関節痛と腫れがひどくなりました。また、胃が痛く、吐き気がするそうです。」
と言うと、

B医師は、
「関節は整形外科に行ってください。
そんなことより生活を立て直すことを考えたらどうですか。
乞食みたいな不潔な生活をしてれば誰だって関節くらい腫れますよ。
 胃は胃薬出しておきますので。じゃ。」
と、目を合わせず、声色ひとつ変えずに言いました。

診察室に入ってからB医師はAさんの目も、顔も、脈も、関節も体も見もしませんでした。
あまりの言葉にあっけに取られてしばらく何も言えなくなってしまいましたが、Aさんのことを思うとこのまま引き下がるわけにもいかず、
「Aさんは、12月まで仕事をしていた方です。朝に2時間の関節のこわばりがあって、指先、膝、肩に関節痛と腫れがあります。胃潰瘍の既往もある方です。」
 と言っても、
B医師はやはりAさんを診ようともせず「まあリウマチってこともあるかもしれないけどね。」と言い、その場で診察を終わらせました。

Aさんは、病気で体を壊していた期間以外はずっと自立して働いてきた方です。それが1月にはいって関節が動かなくなってしまい、体中は痛み、毎日自分で4~5時間もマッサージしたり動かしたりしていないと関節がこわばり動けなくなってしまう状態で仕事もできず、やむに止まれず苦しい思いをして訪ねた病院の医師がこの対応です。
Aさんは、「ああ言われちゃしょうがないよね。かなわないもんね。」とつぶやいていました。

この医師は以前にも「乞食をやめれば病気は治りますよ」と、患者さんに対していったことがあります。

今後もこんなことが続くことはあってはならない、と思い、受付の係りの方にこの医師の対応と発言があまりにひどいことを訴えました。
すると、しばらしくしてわたしたちがもう帰ろうとしていた頃に呼び止められ、別のC医師が診察してくださることになりました。
C医師は「噂には聞いていたけど、そんな対応だったとは・・」としばらく考えこむようすをしてから、ことこまかく話を聴いてくださり、血液検査・尿検査・レントゲン、そして体の関節の腫れをさわって診て下さいました。採血も、採血台があるところまでAさんが立ち上がって歩いていくのがかわいそうだ、と言って、C先生が採血台を運んできて自ら採血していました。
Aさんは「すみませんねぇ。申し訳ないですねぇ。」とたくさん謝っていましたが、「いやよかったよねぇ。安心したねぇ。」と仰っていました。

同じ院内とはいえB医師とC医師の対応の間にはずいぶんな差がありました。
C医師は、その日に出た結果の中でリウマチの疑いがあること、治療には長い時間がかかるけど根気よく治療していきましょうと時間をかけてAさんに丁寧に説明しました。

C医師は、B医師の対応について、病院で考えてくださるといってくれましたが、一方で、お困りの方はわたしが診ますから、わたしのいるときにきてください、とも言っていました。
とはいえ、わたしたちが主に病院を訪れるのは、健康相談会後の休み明けの月曜日で、担当の医師を割り振るのは病院側ですし、B医師の対応について、病院側に真剣に考え直してほしいと思っています。
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# by tenohasi | 2006-02-14 01:04 | 日々の活動